優雅な羽ばたきで嵐を巻き起こす右道房の道士、「ウサ」

－檀紀3973年 英宗25年 2月9日－

太陽が空高く昇っても 王の姿が見当たらず

宮廷中の官僚たちは 必死になって王を捜しまわっていた。

まだ朝の挨拶が済んでいないという大妃の言葉を

聞きつけた世子が怯えながら交泰殿へ足を踏み入れると、

王と王妃が裏庭で談笑している姿が目に入った。

臣下たちが嘆き訴えても、王は辺りを見回してこう言うだけだった。

「史官には内密にするように」

－檀紀3973年、英宗25年2月16日－

国仙の花潭が、王にこう申し上げた。

「次の末日は

太陽の暦にもなく、月の暦にもない日でございます。

玉皇大帝も閻魔大王も今日だけはゆっくり休むという

千年に一度あるかないかの閏月と閏日が重なる日です。

国で起こった良からぬ出来事は全て、その日に洗い流さねばなりません」

すると王はこう言った

「此のところ、王妃の体調が芳しくない。

次の末日には赤ん坊が産まれるかもしれぬ。

息子か娘か…花潭、そなたはどう考えるか？」

花潭はこう答えた。

「単生ならば男子。双生ならば女子とご推察申し上げます」

王は嘆息を漏らした。

－檀紀3973年 英宗25年 2月29日－

産室庁の方角から、立て続けに二度 産声が響き渡った。

だが、銅鐘を鳴らし 赤子の誕生を知らせる者は誰もいなかった。

花潭はせわしない勤めの最中にこの知らせを聞くと、一人庭で月を眺めながら

「太陽にも月にも見放された日に双子が誕生するとは…

神々を振り向かさねば 救命は難儀であろう」

そうため息を漏らすと、急いで康寧殿へと向かった。

－檀紀3973年 英宗25年 3月1日－

王は夜更けに領議政、趙翼峴を康寧殿へ呼び出し、声を低くして囁いた。

「天上の名簿にも、地下の名簿にも、存在しない双子が誕生しました。

このまま双子を生かしておけば、必ずやこの国に災いが降りかかるといいます。

王妃の懐妊、そして出産にかかわる全ての記録を葬り去らねばなりません。

府院君、どうかお力をお貸しください」

趙翼峴は慌てて尋ねた。

「殿下、万民が王妃の懐妊を喜んでおります。

どうして秘し隠すことができましょう？どうかご了察を」

すると王は憂いに沈み、

「……おっしゃる通りでございます。どうやら私は正気を失っていたようです。

ならば、この世に生を享けずして消産したことにいたしましょう。

そうすれば…口を塞ぐのは数名で済むはずです」

趙翼峴は問い返した

「ならば、殿下の娘であり私の孫である姫たちはどうなるというのです？」

王は答えた。

「花潭の右道房へ送り、そこで修練を積ませます。

それが、あの子たちが生きる唯一の道だと聞きました」

これに趙翼峴は深いため息をついた。

すると王は

「府院君、どうかお許しを。全ては私の不徳の致すところでございます…」

そう言って、趙翼峴を和めるのだった。

史官 金麟生 著　「英宗実録」より一部抜粋